読みながら、
「へぇー、へぇー」
と音の出る機械を叩き続けたい気分になった。
俺も英国暮らしの経験はあるし、あの国について書かれた文献もかなり読んでいるから、ちょっとやそっとのネタでは驚かない。
しかし今回は、意表を突かれた。
セント・キルダ群島……知らなかったもんな。
おそらくこの本が出る以前は、一億二〇〇〇万人の日本人のうち、執筆中の井形さんを除いては、よほどのオタクか専門の研究者でもない限り、地名も聞いたことがなかったんじゃないかと思う。
簡単に言うと、スコットランドの沖合いに、まったく文明から隔絶したような小島があるわけね。人口は、七〇人ほど。
石で作った家に住み、海鳥を捕って生計を立てていた人たち。
大昔にやってきた宣教師の教えを忠実に守り、毎朝、皆が集まって、今日一日をどのように過ごすべきか話し合う。
大英帝国の、それも本土から目と鼻の先(交通はおそろしく不便だが)に、こんな土地があったとは、ねえ。
これだけなら、単なる「ふしぎ発見」みたいな話で終わるんだが、井形さんは、この島の「文化」と、英国本土から持ち込まれた「文明」との相克を、ちゃんと描いている。
人々の「善意」の結果、島には現金を介する経済や、英語教育が持ち込まれ、「文明化」が図られた。
その結果、島の伝統的なコミュニティーは崩壊し、教育を受けた若者は、不便な島の暮らしを嫌って去って行く。
実はこれと似たことは、かつてアイルランドやスコットランドの各地で行われた。
さらに言うなら、英国のアングロ・サクソンたちは、新大陸に乗り込んで、「文明化していない」先住民を駆逐し、アメリカ合衆国を作ったわけだが、今度はその合衆国が、「自由と民主主義」を世界中に広めようと、各地に軍隊を送り込んでいる。
自由と民主主義がどれほど立派だろうが、そのために何万、何十万という単位で人が死ななきゃならないなんて、こんな矛盾した話はないよね。
セント・キルダ群島の人たちも、なまじ「文明化」の波にさらされたおかげで、何千年も大切に守ってきたものを失ってしまったわけだ。
欲を言えば、本の作り方として、カラー写真を使うとかビジュアルがあればいいな、と思ったが、島の物語を読むだけで、文明とは、便利さとは一体なんだろう、と考えさせられる。
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