ブームの真相 2008年度版   だれもがきっと欲しくなる! あなたが探していたモノが、みつかる!!
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「ブーム」が続くと本物へそして「伝説」へとかわる。「最高」の音がデジタルリマスターで「最強」になって復活!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解散後25年以上経った現在でも、年間100万枚以上の売上を続け、一夜限りの再結成
CD・DVDがデジタルリマスター盤のリリースで再燃するモンスター・バンドを改めて検証する。
やっぱり本物は理屈抜きでカッコいい
 2007年12月10日、イギリスロンドンO2アリーナにおいて伝説のバンド『レッド ツェッペリン』が再結成ライブをおこなった。ファンは、この再結成をどうとらえているのか? チケット約1万枚に対し応募は、1億通を超えたという話もでているので、期待は上々だったといったところ。私自身も学生時代ギターを低く構えジミー・ペイジをまね、くわえタバコにレスポールという出で立ちで学園祭に臨んだくらいのツェッペリンファンである。期待に胸をふくらませといいたいところだが、再結成は、ことごとくファンを悲しませる結果で終わっている。しかし、過去の功績はここで語り必要もないぐらい有名だし、素晴らしい。このライブに合わせ(?)レッド・ ツェッペリンのCD・DVDリリースが活発化された。そのうちの1枚『MOTHER SHIP』は、超名曲がずらっとならんだベスト版。ロックファンいや音楽ファンは必携。さらに、もう一枚は、かつてレッド ツェッペリン唯一のライブ版だった、「永遠の詩」のリメイク版『永遠の詩 最強版』である。『永遠の詩』は過去に何度も聴いた一枚。実際聴いてみると、あれっ! 何かが違う! かつて耳になじんだ音とは明らかに違う。実際プロデューサーのジミー・ペイジは、別の日の音源に差し替え、つぎはぎしているようだ。しかし、これはこれでVery Good!! なんか、昔の恋人が整形して再会した様に、最初は、少し違和感を覚えるが、話してみるとあの頃が蘇る。とそんな感じ。なにはともあれ、これが、本物だ!これが本物のロックだ!とかつてより少し控えめに叫びたくなった作品である。

セールス累計は何と3億枚!
 1968?1980年に活動し、日本においても彼らのアルバムが発売されるとすぐにスーパースターとなり、1971年の初来日公演の衝撃と演奏の素晴らしさは日本の音楽史上に残る伝説となった。常にマスメディアと距離を置き、最初期を除きTVでは殆ど演奏しなかったにもかかわらず、アルバムセールスや観客動員数・出演料などで、1970年代当時に空前の記録を作り続けた。解散して25年以上経った現在でも世界中でアルバムが売れ続け、巨大な影響力を多く与えている。アメリカだけでも通算アルバムセールスは1億枚を超え、エルヴィス・プレスリーやビートルズと並ぶ記録を誇り、マイケル・ジャクソンやローリング・ストーンズの倍以上のセールスである。なお、全世界でのアルバムセールスの累計は現在のところ3億枚を突破しているという。

その魅力は音楽的独自性
 彼らの楽曲にはアコースティックナンバーも多く、ブリティッシュ・トラッド、フォークから中近東音楽に渡る幅広い音楽性を持ち、1960年代のビートルズとは、また違った方法論でロックの限界をより押し広げた。各メンバーの担当パートにおける、実力に裏打ちされたオーソリティーとしての感性や音楽性、特にドラムの独特のタイム感覚(グルーブ感)、そして、当初ペイジが中心になり、後にプラント、ジョーンズそしてボーナムも参加しだした楽曲の完成度は、「ブリテッシュハードロックの聖域」といわれるほど独自なもので、各メンバーのピーク時のコピーは、現在に至っても当の本人すら不可能なものであった。インプロヴィゼーション、つまり即興演奏を得意としたバンドであり、ライブにおける演奏は30分以上に及ぶこともあった。ただ、ロバートが喉を痛め、かつてのような神がかり的な音域や声量を失ってしまった後の1973年以降のライブでは、ジミーのプレイも年を追うごとに雑になってしまう。一部では「デビューから最後まで演奏能力の向上することのなかった唯一のバンド」との評価もある。独特のタイム感、リズム感を持つツェッペリンの音楽性は、アコースティックギター中心のナンバーにも力を入れ、トラッド風、メローなバラード調をはじめ、中東風民族音楽的要素、踊れないファンク調等々、様々な音楽を意図的に取り入れ、1980年に解散するまで貪欲にその音楽的独自性を高めていた。

そして解散へ
 1980年9月25日のドラマーのジョン・ボーナムの事故死(過剰飲酒後の就寝時に吐瀉物が喉に詰まったための窒息死)によって、同年12月4日に解散を表明した。後継者として何名かのドラマーが名乗りを上げ、バンドでも人選について議論されたが、ボーナムのドラミングに見られるグルーブ感やノリには余人の模倣を許さないほどの特徴があり、彼のバンドサウンドへの貢献度は非常に高かったため、「彼なしでのバンド継続は無理」と判断されたもの。1982年には彼への追悼アルバム『CODA』が発表されている。

そして再結成
 1985年のチャリティコンサート「ライヴエイド」で、ロバート・プラント、ジミー・ペイジ、ジョン・ポール・ジョーンズが「ロックン・ロール」「天国への階段」「胸いっぱいの愛を」を演奏した(ドラムはフィル・コリンズが担当)。この時は「LED ZEPPELIN」名義ではなかったが、その後、残りの元メンバー3人が集まった時のみ(1988年からは、ジョン・ボーナムの息子であるジェイソン・ボーナムがドラマーとして参加)、「LED ZEPPELIN」名義のステージパフォーマンスが、何度か行なわれている。そして1995年、「ロックの殿堂」入りを果たし、2007年12月の再結成により話題となり、その伝説は新しい世代へと受け継がれる。

 
株式会社ワーナーミュージック
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